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3月10日しりあがり寿読書会

寒いですね。雪がちらつきます。一回生の柴田です。

一昨日はしりあがり寿読書会でした。
みんな春休みは帰省するんですね。
実家あんま好きじゃない勢なのでよくわかりませんでした……。
まあきっと参加した人は、
「こんなぐだぐだな読書会でもいいんだ…」って思ったことでしょう。
あまりにもぐだぐだじゃ困りますが、読書会はぱっと思いついたり面白いと思った本を好きなようにやればいいと思います。

さて、読書会振り返りブログです。

しりあがり寿さんの代表作には『流星課長』や『ゲロゲロプースカ』、『方舟』などがあります。
ダヴィンチの一ページ連載を見かけた人も多いでしょう。
その中でも一番有名なのは弥次喜多シリーズです。
今回はその弥次喜多シリーズから『真夜中のヒゲの弥次さん喜多さん』の「ダンゴどろぼう」を取り上げました。

このシリーズでは、主人公の弥次さんと喜多さんが伊勢を目指して旅をします。
道中、いろんな人やファンタジー的な現象に出くわしていきます。
例えば、生まれたときから道路に足がくっついていて動けない男(?)に出会ったり。
泊まった宿の部屋に敷き詰められた畳のうち、一枚だけ「ふりだしの畳」があり、それを踏むと時間が戻ってしまい、何度も何度も店の前から”繰り返"したり。
シリーズというより連作短編に近いと思います。

ダンゴどろぼうは、いろいろ省いて言えば、弥次さん喜多さんのダンゴが子どもに盗まれて、それを二人で追いかける話です。
 
この漫画の第一の特徴はその絵柄です。
検索して見てもらえればわかると思いますが、決して"上手"ではないです。
線もぐちゃぐちゃだし、登場人物の顔は変わるし、書き込みは粗い。
この『真夜中のヒゲの弥次さん喜多さん』では、主人公の弥次さん喜多さんに明らかにベタ塗りのヒゲが付け足されています。
教科書に載ってる偉人の顔にサインペンでした落書き。それくらい浮いてる。
"ヘタウマ"らしいです。


第二に、そのコマ割です。
ニページ使う見開きや、一ページの半分のコマなどが頻繁に出てきます。
コマ割りが多く、そのコマの内容(セリフや動き)が少ない。
つまり余白がとても多いです。

そして最後に、主人公のセリフのうち、意味のある言葉が少ない。
この「ダンゴどろぼう」で、主人公二人が発した言葉のほとんどが、
「うわー!」「ダンゴかえせー!」「まてー!」
と意味を持たないというか、話に差しさわりのない言葉が多い。



これらの特徴は、読者の受け取り方に大きく影響を与えると思います。
余白が多いことは読者の想像力を高め、イマジネーションを働かさせます。
また主人公がその事象に対して、何か断定的なコメント(「あいつ、いい奴だったな…」とか「嫌な事件だったね」とか)を述べないことによって、
読者が反感を持つことを避けます。
(読者が入り込んでいる)主人公に、読者が「自分と違う意見だ」と思わせるようなことを言わない。
それどころか「意見」や「主張」を主人公から奪うことによって、
読者と物語の親和性を高めているのだと思います。
主人公は物語の登場人物というより、物語の聞き手に近づいてると思います。


この主人公から意見や主張を奪う手法というのは最近多く見られる気がします。
例えばドラクエやポケモンなどのゲーム。(テイルズやFFはそれとは逆ですね。)
主人公にボイスが搭載されていなくて、主人公は「はい/いいえ」かそれさえ選べないことがほとんどです。
あと乙女ゲームやエロゲーに多いのではないかと思いますが、最近主人公にも重点を置く物語的な作品も増えてきましたね。
ドリームクラブとかは多分ドラクエやポケモン寄りだと思います。

  

話は変わりますが、しりあがり寿さんは新書も書いています。
その中で、小説・漫画・映画の違いについて論じているところがありました。
  

 
 
 
 
 
小説    漫画      映画
小  ←← コスト →→   大
小  ←表現サポート力→   大
 ←感動アクセススピード→ 
 ←インタラクティブ性→  

*新書では「マンガを書く」人のための側面が強いので、
 ここではちょっと新書の中で触れられているときとは別な角度でとっています。

表現サポート力とは、その場面の状況や情景を受け手に伝える力のことです。
小説は文字だけなので弱く、映画は動画だしカラーだし音楽までついてるんだから強いです。
漫画はその中間ですね。

インタラクティブ性(双方向性)は、読者の意見がどれほど作品に反映されているかどうかです。
漫画の人気投票とかおたよりとかです。

感動アクセススピードは、即席性です。
漫画はちょっと立ち読みしたら、バトル漫画とか人情話とか全体の流れが把握しやすい。
逆に小説は最後だけ読んでも全くわかんないし、映画なんて映画館行って二時間見ないと話が分からない。
小さい子とおばあちゃんが何も知らずに「まどか☆マギカ」見に行っちゃった話もあるしね。




これによると、
「説明的な文章を省き、意見を読者(受け手)に委ね、イメージで雰囲気を作っていく」
というしりあがり寿さんの文章は、上の論で言うなら映画よりの漫画なのかなと思います。

私は、この手法はとてもしりあがり寿さんに合っていると思います。

例えば、死ぬ間際に「なかなか良い人生だった」って言いながら死ぬ映画や小説だったら、
ちょっと陳腐なところが抜けきれない気がします。
それでもしりあがり寿さんが漫画で、軽妙に描くことで、軽く捉えられるというか。
何カ月も前に見たけれどずっと思いだせる夢みたいに、
映画ほど情報量が多くないからこそ、集中できるというか。
そして、漫画だから本棚からさっと取り出してすぐ読める。読み返せる。

まとめると、
・読者が自分と重ねつつ、漫画の中の話だと割り切れる。(軽く受け止められる)
・読み返したくなれば、いつでもすぐに読み返せる。
という点において、漫画という手段はしりあがり寿さんの物語にとても適していると思います。


そんな感じです。
「ダンゴどろぼう」ひいては弥次喜多シリーズ。そしてしりあがり寿作品。
(まだゲロゲロプースカしか読んでないけれど)
とても面白いので是非…是非読んでください…。

次の批評会のときも、余ったコピー配るので。
弥次喜多シリーズがもっと読みたくなれば貸すので。お願いします。

以上です……。



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